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私が「公的支援」にこだわる気持ちを良く説明してくれる文がありますので
転載します。
「公的補償を求める有志の会ニュースNo1」より
東京にでもおもむく機会があれば、ためしに「神戸から来ました」
と挨拶してみよう。相手はきつと気の毒そうな顔をして、「地震はたいへん
だったでしよう」と話してくれるだろう。けれどもこの愛想をうつかり真
に受けて、震災当日の様子や仮設住宅の現状を語りはじめるのはヤメた方
かいいかもしれない。相手の表情はみるみるひきつり、すぐに「ヤレヤレ、
まだそんなこと言ってるのか」といわんばかりのウンザリ顔に切り替わるの
は、目に見えている。
◆阪神・淡路大震災の発生から1年半を経た。被災
地以外に住む人々にとってはもちろんのこと、被災地に住む市民の人多数
にとつても、もはや震災はなつかしい想い出の1ページになりつつある。
私たち被災者の経験はどこまでも個人的な記憶としてだけ残り、今後の何
かに活かされる経験、社会的に共有された経験として蓄積されそうにはな
い。どうしたものか。
◆「被災者責任」というものがあるような気がする。
つまり、ここで私たち被災者が、「相変わらず日本人は忘れっぽい」とか
「マスコミは飽きっぽくて困る」という、いつもの結論を持ち出していい
のだろうか、ということである。私たち被災者にはこの震災のあらゆる事
実を全国・全世界に発信する責任があるのではないか。しかも、あきられ
ない形、なかなか忘れられない形、誰しものこれからに活かしやすい形で、
私たちの被災経験を社会全体の経験として再構成してゆく責任があるので
はないか。私たち被災者以外に、この「責任」を負うことのできる主体は
どこにもいない。 (松村仁人)
#勿論、問題点は幾つもあります。関東大震災級の地震にも有効な対策でなければ
ならないし、新たな制度の「遡及」の問題もある。しかし、問題が沢山あるから
といって放置していると、同じ悲劇を繰り返すことは明白なのです。
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