週間でんがなまんがな第84号
(10月31日発行)


[記事一覧]

1.兵庫県が送った仮設住宅、トルコ被災地で建設始まる 10/29

2.<トルコ地震>遺児たちに育英資金支給へ 兵庫県が「友愛基金」 10/27
3.<阪神大震災>仮設住宅入居100世帯割る 10/27
4.実務者レベルの協議機関設置へ−復興対策本部の受け皿で− 10/27
5.<特報・神戸の壁>基礎部分が長いすのモニュメントに 10/27
6.<阪神大震災>再開発ビル「ピピアめふ」が完成 10/26
7.新旧住民の交流に課題 神戸市が震災影響調査 10/25
8.<阪神大震災>倒壊した神戸市立西市民病院本館が再建 10/25
9.<阪神大震災>55カ所追加しマップ改訂版 震災モニュメント 10/21
10.阪神大震災復興支援「千人のチェロ」がギネス入り 10/20
11.阪神大震災描いた詩画本「四丁目のまさ」出版 10/19
12.<阪神大震災>再びともった「Moon Lite」 10/18
13.<阪神淡路大震災>復興対策本部の期限終了後も支援継続 10/17


 

1.兵庫県が送った仮設住宅、トルコ被災地で建設始まる 10/29
朝日新聞ニュース速報:トルコ大地震の被災地で、兵庫県が送った仮設住宅の建設が始ま っている。阪神大震災で使われた500戸で、日本の職人の手ほど きを受け、地元の若者たちが基礎工事から学んでいる。
 建設が進んでいるのは震源地イズミットから東へ約50キロのアダパザル郊外。建物の7割が全半壊した地域で、地震発生から2カ月半がたった現在でも、数万人がテント暮らしを強いられている。 被災地は雨期に入り、連日雨が降っている。朝晩は気温が5度前後と、冷え込みも一段と厳しくなっている。
 仮設住宅は今月イスタンブールに到着し、トルコ政府が指定した建設地に運ばれた。来年中には2500戸を建てる計画で、診療所や学校、公園などもある仮設住宅団地になる予定だ。  

 

2.<トルコ地震>遺児たちに育英資金支給へ 兵庫県が「友愛基金」 10/27
毎日新聞ニュース速報:兵庫県は27日、トルコ大地震救援の義援金約1億6000万円で、トルコの公益法人「土日基金」内に大地震の遺児や孤児に育英資金を支給する「ひょうごトルコ友愛基金」を設置すると発表した。地方自治体が海外で起きた災害の遺児らに対し育英基金を設けるのは初めて。貝原俊民知事が来月8日、トルコの首都アンカラで正式な創設締結式をする。
 支給対象は地震の際に生まれていた子供。期間は義務教育(7〜14歳)の8年間。 基金管理委員会を今年中につくり、トルコの新学年が始まる来年9月から運用する。
 県や被災10市10町などが「阪神大震災の時の恩返しのために」と今年8月末から義援金を募っていた。募金は今月末まで続ける。  

 

3.<阪神大震災>仮設住宅入居100世帯割る 10/27
毎日新聞ニュース速報: 兵庫県は27日、阪神大震災の仮設住宅入居世帯が今月26日現在で98世帯と、1 00世帯を割ったことを明らかにした。移転先の未決定は、西宮市の1世帯だけとなり、県は今年中に仮設住宅からの移転を終えたい意向だ。
 内訳は神戸市55世帯、西宮市41世帯、明石市2世帯。仮設住宅は4万8300戸が設置され、ピーク時(1995年11月)には4万6617戸世帯が入居していた。 災害復興公営住宅などへの移行措置期間は今年6月に切れており、今月1日現在、4万1577戸が撤去されている。  

 

4.実務者レベルの協議機関設置へ=復興対策本部の受け皿で− 10/27
時事通信ニュース速報:実務者レベルの協議機関設置へ=復興対策本部の受け皿で−国土庁長官
 阪神大震災の復興状況を視察するために訪れた中山正暉国土庁長官は27日、兵庫県庁で記者会見し、来年2月で設置を終える「阪神・淡路復興対策本部」の受け皿組織について、実務者レベルの協議機関を設置する考えを明らかにした。私案であり、構成メンバーなど詳細は検討課題としたが、「実質的に効果のある組織にしたい。国と地方の協議機関のようなものだ」と述べ、震災から丸5年目の来年1月17日までに結論を出すと述べた。  

 

5.<特報・神戸の壁>基礎部分が長いすのモニュメントに 10/27
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災の象徴だった「神戸の壁」(神戸市長田区)の基礎部分が長いすのモニュメントに生まれ変わり、JR新長田駅南地区に来月21日完成する「アスタくにづか再開発ビル」の地下回廊に設置される。作品制作に取り組んだ同市垂水区の現代芸術家、三原泰治さん(62)らが計画。三原さんは「元あった地区にも教訓を伝えることができる」と話している。
 神戸の壁は、半世紀前の戦災と、震災の大火の傷跡をとどめ、保存が叫ばれていた。壁本体は兵庫県津名町(淡路島)で永久保存されることが決まり、再開発事業で今年3月末に解体。しかし、基礎部分は、三原さんが「市民が直接触れて身近に感じられるものに」と提案し、モニュメントにして保存することにした。
 作品名は「鎮魂と復興の響〜神戸の壁よ永遠なれ〜」。ベンチとして座れるようにし、市民の憩いの場になる。回廊の記録展示コーナーでは、「神戸の壁」の保存経緯などがレリーフや写真で紹介される。
 制作に協力した久二塚地区震災復興まちづくり協議会の東充・事務局長は「住民が思い入れを持てるようなモノが新しい街に出来ることになってよかった。大切にしていきたい」と話している。  

 

6.<阪神大震災>再開発ビル「ピピアめふ」が完成 10/26
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災で約7割の建物に被害が出た兵庫県宝塚市の阪急売布(めふ)神社駅前地 区に、都市基盤整備公団(旧住宅・都市整備公団)の再開発ビル「ピピアめふ」が完成 、29日オープンする。同県が指定した重点復興再開発事業6地点のうち、事業の完成は初めて。災害時の避難場所としても使える映画館や和風ホールなどを設けた。また、震災で潰滅的な打撃を受けた地元小売店が入居し、生活再建に向けて新たなスタートを切る。
 再開発ビルは6階建てと11階建ての2棟で、延べ床面積は計約2万7000平方メ ートル。かつて「映画の街」でもあった宝塚に、約30年ぶりに映画館を復活させようと、ミニシアター2館を設けた。市民グループなどが自主上映会を続けて建設を訴えてきたのに市が応えた。運営は民間会社に委託。座席はリクライニング式で、災害時には簡易ベッドになる。
 また、料理教室を開けるキッチン、スポーツルームなども備え、避難所や非常食のたき出し場となるようにも設計されている。
 店舗部分には「コープこうべ」のほか、被災した地元商店も入る。震災前に約80店あり、半分が近くの共同仮設店舗で営業を再開したが、今回入居するのは26店。近くに進出した大手スーパーに客足を奪われたうえ、長引く不況で脱落した店が相次いだ。
 ピピアめふ商店会の井川利彦会長(68)は「期待と不安が半々だが、震災から復興したと胸を張れるように頑張りたい」と話している。  

 

7.新旧住民の交流に課題 神戸市が震災影響調査 10/25
共同通信ニュース速報:阪神大震災が地域社会に与えた影響を調べるため、神戸市が市内の自治会長を対象に行ったアンケートで、三七%が震災を経験し地 域の連帯感が強まったとしていることが二十五日分かった。
 しかし、自治会活動の問題点に関する複数回答の質問では、一六 %が「新旧住民の交流が図りにくい」と回答。具体例として、震災 後にできた復興住宅などの新住民との交流の難しさを挙げる人も多 かったという。
 アンケートは八月から九月にかけて、市内の自治会長のうち自治会連絡協議会の役員百九十六人に郵送で実施、うち百四十三人から回答を得た。
 「住民同士の連帯感」では、二八%が「強くなった」と回答、「 新たなつながりが生まれた」「強くなりつながりも生まれた」とし た人も計九%いた。しかし、自治会活動の問題点を複数回答で質問 したところ、「若い人の関心が低い」(六五%)などに交じり、「 新旧住民の交流が図りにくい」も一六%あった。
 同市は「震災から五年になるが、新しい住民の自治会活動への反応は鈍い。地道に地域参加を呼び掛けていくしかない」としている。  

 

8.<阪神大震災>倒壊した神戸市立西市民病院本館が再建 10/25
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災で倒壊した神戸市長田区の市立西市民病院本館が再建され、一部が25日 、4年9カ月ぶりにオープンした。これまで北館で行ってきた外来診療や人工透析の業務も本館に移ったほか、救急病棟8床を含む88床が利用できるようになった。今後、北館の改修工事を進め、来年5月に全館が完成する。
 震災では本館が全壊し、北館も損傷を受けた。市は1997年4月から、総工費約173億円をかけ、柱の耐震性を強化し、緊急時に外部から水や電気を受け入れられるようにするなど、震災体験を生かした再建工事を進めている。  

 

9.<阪神大震災>55カ所追加しマップ改訂版 震災モニュメント 10/21
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災5年の来年1月、被災地に建てられた慰霊碑などを紹介した「震災モニュメントマップ」の改訂版が発行される。初版に掲載した55カ所に追加判明分を加え、105カ所以上を収録する。
 阪神・淡路復興委員長を務めた下河辺淳さんらでつくる「震災モニュメントマップ作成委員会」が作成。今年1月に発行した初版12万部は、被災地の市民や修学旅行生などに無料配布された。マップを手に慰霊碑を訪ねる「震災モニュメント交流ウオーク」 も4回開かれ、遺族ら延べ600人が参加。共に犠牲者を悼むことで心の傷をいやす行事として定着した。
 同委員会事務局(078・595・1500)は改訂版作成のための協賛金を募っている。企業・団体1口5万円。個人1口1000円。郵便振替(口座番号・00920―8―136820、口座名・震災モニュメントマップ作成委員会)で。  

 

10.阪神大震災復興支援「千人のチェロ」がギネス入り 10/20
読売新聞ニュース速報:阪神大震災の復興支援として昨年11月、神戸市の神戸ワールド記念ホールで開かれ た「1000人のチェロ・コンサート」(実行委員長、加藤博久・読売新聞大阪本社社長)が、「世界最大のチェロ・アンサンブル」としてギネス社(ロンドン)に記録認定され、20日、認定証が同大阪本社に届いた。
 コンサートには1013人が参加し、実行委名誉総裁の高円宮さまも加わられた。1992年にドイツ・ポツダムで開かれた「341人のチェロ・コンサート」を大きく上 回る規模で、パブロ・カザルス編曲のスペイン・カタルーニャ民謡「鳥の歌」など13 曲を演奏した。  

 

11.阪神大震災描いた詩画本「四丁目のまさ」出版 10/19
朝日新聞ニュース速報:新聞やテレビで見た阪神大震災の惨状が忘れられない山形市在住の日本画家後藤栖子(せいこ)さん(58)が、被災者の思いを詩 で受け止めてきた神戸市在住の詩人玉川侑香(ゆか)さん(52)と共同で、詩画本「四丁目のまさ」(比良出版、1500円)を出版した。倒壊した家並み、町をなめ尽くした火災、肉親との死別。 そして、こうした体験をよそに、何事もなかったかのように過ぎていく日々。被災地に住む多くの人が体験した出来事を、2人が描き 出した。
 「四丁目のまさ」は、玉川さんが震災後に出版した同名の詩集の1編。
 崩壊した自宅から脱出した高齢の女性「まさ」。逃げ遅れた息子夫婦と孫は火災で骨になった。打ちのめされた「まさ」がボランティアに励まされ、再度生きる決意を固める独白の詩だ。被災後、玉川さんが出会った女性がモデルになっている。
 後藤さんは15年ほど前、神戸市で開いた個展がきっかけで玉川さんと知り合い、親しくなった。震災当日、後藤さんは山形の自宅マンションで神戸が燃える様子をテレビで見つめていた。玉川さんの身を案じたが、連絡は取れなかった。
 玉川さんは、自宅が全壊したものの無事だった。その日の夜になって電話で連絡がつき、後藤さんは「苦しいだろうけれど、詩を捨てちゃだめよ」と励ました。
 打ちのめされた被災者の嘆きや復興に取り残される不安をつづった玉川さんの作品に目を留めた埼玉県内の出版社が今年3月、震災を語り継ぐシリーズとして詩画集の出版を持ちかけた。
 玉川さんは迷わず、絵を後藤さんに依頼した。「何度も病気をしたあなたなら、山形にいても死を間近に見た被災者の心情がわかるでしょう」
 後藤さんは鎮魂のつもりで引き受けた。水墨画の技法を生かし、墨で赤黒くぼかした焼ける町の空。がれきに舞い散る白雪に供えられた淡路島の水仙。そして、崩れた商店街で、地面に商品を置いて商売を始めた人の姿。報道写真やテレビで見た震災地の記憶を元に1カ月半かけて、鉛筆と水彩で13点を描いた。
 後藤さんは「震災は、生のありがたさを実感させてくれた。いまでもトルコ、ギリシャ、台湾と大震災は続いている。すべての犠牲者のめい福を祈りつつ、かかせてもらった」と話している。
 問い合わせは、比良出版(電話048・433・6561)へ。  

 

12.<阪神大震災>再びともった「Moon Lite」 10/18
毎日新聞ニュース速報  あの日の昼過ぎ、店のドアを開けた。床にグラスやウイスキーのボトルの破片が散乱し、光に鈍く反射していた。割れたウイスキーの鼻につくような甘いにおいが広がった。
 神戸・元町のはずれのバー「Moon Lite」を経営する宍戸哲也さん(40) は神戸市兵庫区の自宅で被災した。隣家に住む母を救い出した後、スクーターで店に向 かった。元町のれんが造りの銀行が全壊していた。店に入って目の前が真っ暗になった 。「店に乱反射する光は『これからどうなるんやろ』という僕の気持ちを表していた」
 ◇  ◇  ◇
 1992年、港湾関係の事務所が並ぶ殺風景なオフィス街の路地裏に店を開いた。夜には人通りが消え、船の汽笛が響き潮の香が漂った。祖父が船乗りだった神戸っ子、宍戸さんのこだわりだった。路地裏は「隠れ家」の雰囲気を醸し出した。やがて黒人ミュージシャンも時々訪れる「KOBE」らしいしゃれた大人の店として評判になった。
 それから数年の間に、近くでワインバーやビストロが続々開業した。宍戸さんも気のあった常連とおしゃべりを楽しみ、毎日が順調だった。95年2月には、開店3周年のパーティーを開く予定だった。
 生家の全壊で大阪府吹田市のマンションに引っ越した。大阪・南港からフェリーで約3時間かけ、毎日神戸に通った。店のドアに「元気です。必ず復活することを約束します」と書いたボール紙をつるした。常連が「早く開けて」と寄せ書きしてくれた。
 震災数時間前に消した「Moon Lite」の青と黄色のネオンの光が再びともったのは、95年4月のことだった。
 ◇  ◇  ◇
 今年2月、神戸のライブハウスで開店7周年のパーティーを開いた。96年まで妻として店を手伝っていたソウルシンガー、大西ゆかりさん(35)が駆けつけた。考え方の違いで離婚した。大西さんは「気まずい思いをしたこともあったけど、一生懸命店を続けているあの人を励ましたかった。パーティーで、私もあの人も心の区切りがついた」と言う。
 熱気でむせ返るステージに大西さんは立った。2人をよく知る約350人の常連客が見守る中、「別れたけど、あんたは私の誇りや」と熱唱した。
 6年前から客の1人だった私も、その場に居合わせた。大西さんのエールに照れ笑いを浮かべた宍戸さんを見て、「マスターも、この4年の心の重荷が落とせたのでは」と感じた。
 宍戸さんは「震災後、お客さんといろいろ話して、自分の仕事が何か分かった。疲れたお客さんを気持ち良くさせて、元気になってもらうこと」と言い切る。今、店のグラスは宍戸さんの思いを映すように輝いている。  

 

13.<阪神淡路大震災>復興対策本部の期限終了後も支援継続 10/17
毎日新聞ニュース速報:深谷隆司通産相は17日、神戸市内での会見で、来年2月で5年間の設置期限が切れる政府の阪神・淡路復興対策本部(本部長、小渕恵三首相)について「本部に代わるものは何かを考え、支援体制は維持していく」と表明した。
 同本部は震災直後の1995年2月、自治体の復興事業への支援や関係機関との調整を行う組織として総理府内に設置。兵庫県は期限後も国の支援の継続を求めていた。  

 


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