週間でんがなまんがな第88号
(01月08日発行)


[記事一覧]
1. 被災地の弁護士、建築士ら 組織作り開始 01/08
2. 震災に備えるサバイバルウォーク、全国4カ所で 01/07
3. 被害や復興状況のHP開設 神戸市 01/07
4. 17日の式典に皇太子さま出席 01/07
5. 神戸市で復興検証シンポ 地域と行政の連携提唱 01/07
6. 菅原市場が今春移転 姿消す復興のシンボル 01/07
7. 震災後の意識変化、地域活動に反映せず=神戸市と時事通信の調査で判明 01/07
8. <特報・環境調査>神戸市の災害復興住宅で基準上回る 01/07
9. 共済制度で被災自宅再建を 01/06
10. 阪神大震災の傷跡、5年かけて追う 映画監督の青池さん 01/06
11. 阪神大震災復興支援の吹奏楽団、8日に演奏会 01/06
12. 新築マンション移住民の約25%が二重ローン 01/05
13. 「取り残されている・・・」県外避難者に優先枠なく 01/04
14. 「亡き妻のために」いち早く自宅再建の遺族 01/04
15. 97%が全焼全壊の町で 仮換地が初めて終了 01/04
16. 阪神大震災の教訓をHPに 国土庁 01/04
17. 「震災モニュメントめぐり」を出版 01/04
18. 草地賢一さん58歳(阪神大震災NGO連絡会議代表)死去 01/03
19. 阪神大震災の県外被災者、「戻りたいが戻れない」が5割 12/31
20. 関西で3世代海外旅行人気に 震災できずな強まる? 12/29
21. 火事で母子3人死亡 震災で入居の高層住宅 12/28
22. 仮設住宅での孤独死235人、男性壮年層に多く 12/27
23. <阪神大震災>被害最新集計 12/27
24. 被災地の仮設1世帯に 西宮市もゼロ 大震災5年 12/27
25. <神戸の壁>永久保存の移設で淡路島に姿現す 12/27
26. ルミナリエに515万人 12/27
27. <共同生活>阪神大震災の仮設住宅で親しくなったお年寄り4人 12/26
28. 生きた「阪神」の教訓 神戸からトルコ、台湾へ 12/26


1. 被災地の弁護士、建築士ら 組織作り開始 01/08
毎日新聞ニュース速報:専門的知識を生かして阪神大震災からの復興まちづくりを支援してきた被災地の弁護士や税理士、建築士らが、大規模災害に備えたまちづくり支援のための常設組織づくりに動き始めた。
 兵庫県弁護士会など10団体でつくる「阪神・淡路まちづくり支援機構」が来月、東京で「まちづくり支援全国交流シンポジウム」を神戸市と共催、被災地での活動や反省点を報告し、恒常的な被災者支援組織の必要性を訴える。それぞれの中央組織も全面的に賛同しており、全国での組織づくりが期待されている。
 支援機構は1996年9月、弁護士や税理士、建築士、司法書士、不動産鑑定士、土地家屋調査士の団体が連携して発足。住民によるまちづくり計画の立案や事業化などについて計約300件の相談を受けた。被災マンションの建て替えや土地合筆による共同住宅建設、境界の確定など権利関係が複雑な約30件については、専門家チームを派遣してバックアップした。
 しかし、震災から約1年8カ月後の発足で、専門家の知識が最も要求された早い時期に組織的活動が出来なかったとの反省から、「全国各地で同様の組織を普段からつくっておく必要性がある」と判断。全国に呼び掛けることを決めた。
 シンポは2月10日午前10時から、東京都千代田区九段北4の「アルカディア市ヶ谷」で。職種ごとの分科会で経験や課題を報告し、市民、行政、専門家が連携したまちづくりのあり方などについて話し合う。無料。問い合わせは支援機構(078・362・8700)へ。 
2. 震災に備えるサバイバルウォーク、全国4カ所で 01/07
朝日新聞ニュース速報:阪神大震災5周年の2日前に当たる15日、市民グループ「帰宅難民の会」によるサバイバルウオークが催される。
 震災の記憶は時の経過とともに薄れていくが、いざという時、自宅まで歩き通せるかどうかを試すこの催しは、東京、横浜、大阪に加え今回から京都も加わる。協力を申し出る企業・団体も増えた。東京都の防災対策で意見を求められるなど、活動の輪が広がっている。
 サバイバルウオークのルールは、「自分の身は自分で守るために、歩いて自宅まで帰る」につきる。1995年1月、大震災直後に現地に入った東京の会社員らが「帰宅難民の会」をつくり、同年6月に12人だけで初開催。98年に大阪、99年には横浜でも始まり、延べ1057人が参加した。
 次回の連絡費として集める100円だけが活動費という地味な運動だ。だが、NTTが災害用伝言ダイヤル「171」の説明書を、 日本トイレ協会が簡易トイレをそれぞれ配ったり、東京・埼玉間では組み立て用ボートで川を渡ったりするなど協力を申し出る企業・団体が増えてきた。
 東京都が昨年6月発足させた「震災時における昼間都民対策推進会議」には、非営利組織(NPO)としてただ1つ委員を委嘱された。
 今回は15日午前8時15分、東京都庁(新宿区)、神奈川県庁 (横浜市中区)、京都市役所(中京区)、大阪市役所(北区)前から同時に出発する。
 各会場とも荒天決行で、飛び入りも可。問い合わせは、東京・斎藤さん(TEL兼FAX048・542・1187)、神奈川・高坂さん(同0462・45・6044)、京都・中原さん(同075・312・5989)大阪・蔵野さん(TEL06・6389・1620)。Sウオークが奈良・山下さん(TEL兼FAX0743・54・3425)。
3. 被害や復興状況のHP開設 神戸市 01/07
毎日新聞ニュース速報:神戸市は8日から、阪神大震災の被害状況や復興への行政の取り組みなどをインターネットで紹介するホームページを開設する。英語版もあり、市は「神戸の経験を世界で役立ててほしい」と話している。
 ホームページは、激震走る▽生活再建の取り組み▽自立に向けた取り組み――の3項目に大別し、地震の規模や被害程度、避難所や仮設住宅の設置件数、「り災証明」の発行状況など震災直後の取り組みのほか、義援金の支給方法、仮設住宅から恒久住宅への移転を支援する制度などを図表を使って紹介している。
 ホームページのアドレスは、http://www.city.kobe.jp/c ityoffice/15/020/quake/saiken/ 
4. 17日の式典に皇太子さま出席 01/07
毎日新聞ニュース速報:兵庫県は7日、阪神大震災から丸5年の今月17日午前11時50分から、神戸市中央区の同県公館で開く「犠牲者追悼式」の概要を発表した。小渕恵三首相、衆参両院議長、遺族ら約540人が出席し、3回目の「1・17宣言」をする。皇太子殿下は出席されるが、皇太子妃殿下は欠席の予定。
 式では、正午に黙とうした後、貝原俊民・兵庫県知事らが追悼の式辞、祖母を震災で亡くした同県伊丹市の主婦、照本与之江さん(38)が遺族代表の言葉を述べる。出席者には、被災地に建てられた120カ所の慰霊碑などの所在を記した「2000年版 震災モニュメントマップ」が配られる。
5. 神戸市で復興検証シンポ 地域と行政の連携提唱 01/07
共同通信ニュース速報:阪神大震災から五年を迎えるにあたり、復興過程を総括し、市民が得た経験を市政に生かしていこうと、神戸市などが七日、「阪神・淡路大震災5周年シンポジウムin神戸」を神戸国際会議場で開いた。
 午前中は「震災復興の総括・検証」として、「生活再建」や「住宅・都市再建」など四分野について、市民アンケートの意見などを基に、林春男京大防災研究所教授らが検証。
 林教授らは「震災で住まいや町づくりの大切さがあらためて認識された」とし、小さな地域ごとに行政と住民が連携して町づくりを進める「コンパクトシティ構想」を提言した。
 午後には、民間非営利団体(NPO)代表らも参加してパネルディスカッションが行われた。
 復興住宅のお年寄りらのケアをめぐり、NPO関係者からは「高齢者向けに、住居と公共スペースが一体になった小規模の施設を一般施策化すべきだ」という意見が出された。
 最後に、司会の安田丑作神戸大教授(建築計画)が「震災で町に対する多様な機能の必要性が浮き彫りになり、柔軟で軌道修正可能な町づくりが求められている」とまとめた。
 結果は笹山幸俊市長への提言としてまとめられ、十二日に市長に渡される。
6. 菅原市場が今春移転 姿消す復興のシンボル 01/07
共同通信ニュース速報:阪神大震災による火災で全焼、四カ月後に仮設店舗で営業を始め、復興のシンボルとして市民に親しまれてきた「菅原市場」(神戸市長田区)が市の区画整理事業による移転のため、この春、姿を消すことになった。
 二十一店舗が営業を続けてきたが、十店舗は後継者難などから昨年十二月いっぱいで廃業。ほかの店舗も今年三月までに市場での営業を終え、近くに建設予定の共同店舗などへ移転することが決まった。
 菅原市場は一九二○(大正九)年の開設。空襲も免れ営業を続けてきたが、大震災直後の火災で、三十七店舗すべてを焼失した。四カ月後の九五年五月、鮮魚店や精肉店などが共同で、市場のあった場所に仮設店舗をつくり営業を再開、当初は来客も多くにぎわった。
 しかし、長引く不況で売り上げは年々減少。区画整理の対象になったのを機に、慣れ親しんだ市場での営業をあきらめた。
 移転を決めた鮮魚店経営の唐崎正信さん(56)は「親子二代、ここで営業してきた。移転しても、菅原市場の名前を何とか残したい」と話している。
7. 震災後の意識変化、地域活動に反映せず=神戸市と時事通信の調査で判明 01/07
時事通信ニュース速報:阪神大震災をきっかけに、地域での結び付きや助け合いなどを大切に思うようになっ た人は、被災地神戸市では全国平均より1〜2割多い半面、地域活動への参加意欲は全国と変わらないことが7日、神戸市と時事通信社の調査の比較で分かった。
 これは、昨年9月に神戸市が成人市民1万人を対象に行った郵送調査(回収率55.9%)と、時事通信が同12月10日から4日間、全国の成年男女2000人を対象に実施した面接調査(回収率67.9%)を比較した。時事通信の調査は、神戸市調査のうち、震災後の(1)考え方の変化(2)地域活動への参加意欲(3)地域活動の範囲−という ッじ3項目について全国に広げて調べた。
 それによると、全国では(1)の質問に「他人との結び付きが大切と思うようになったvと答えた人が40.6%に上ったほか、「地域で困っていることはみんなで解決すべォだと思うようになっ」が37.3%、「人のために役立ちたいと思うようになったvが21.7%などとなった。一方、神戸市民は、それぞれ60.7%、52.3%、 R0.5%と、全国より変化の度合いが大きかった。 
8. <特報・環境調査>神戸市の災害復興住宅で基準上回る 01/07
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災の被災者が入居する神戸市灘区の市営災害復興住宅「新在家南住宅」(3棟、453世帯)で、呼吸器障害の原因となる二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)の濃度が環境基準を上回る地点のあることが6日、神戸大工学部の後藤隆雄助手(環境計測)の調査で分かった。最高値は全国平均の約4倍に当たり、同時に行われた住民の健康アンケートでは回答者の半数以上がのどの違和感を訴えた。同住宅は幹線道路と高炉1基が稼働する製鉄工場に面しており、後藤助手は「排ガスやばい煙による汚染の可能性がある」と指摘している。
 また、神戸市は同住宅の入居者募集の際、案内書に「気象条件によっては粉塵(ふんじん)粉塵等が発生することがある」と大気汚染の可能性を明記していたことも判明。復興住宅の立地や住民の健康対策について、同市の対応が問われそうだ。
 同住宅は、震災後の1997年9月〜98年3月に完成。調査は昨年12月16日に実施した。1、2号棟(計約250世帯)を対象とし、工場と道路に面した各階南側廊下の計24地点に、吸着ろ紙を入れたカプセルを24時間設置した。
 その結果、NO2は約半数の13地点で環境基準(0・06ppm)を上回り、最高値0・083ppmを記録した。SPMも2地点で環境基準(大気1立方メートル当たり0・1ミリグラム)を超え、最高値は同0・129ミリグラムだった。基準を超えた地点は4〜13階の中高層階に集中していた。
 環境庁がまとめた全国の年平均値は98年度で、NO2が0・017ppm、SPMが1立方メートル当たり0・032ミリグラムだった。同住宅の各最高値は、いずれも4倍以上に当たる。
 一方、アンケート調査は昨年12月中旬、1、2号棟で行われ、61世帯105人から回答があった。53%に当たる56人が「のどがいがらっぽくなったり、からからになったりすることがよくある」などと答えた。
 後藤助手は「行政は住民の健康調査や大気調査を本格的に行うべきだ」と指摘した。神戸市は「具体的データを見ていないので、コメントできない」と話している。
9. 共済制度で被災自宅再建を 01/06
共同通信ニュース速報:阪神大震災級の災害が十年に一度起きても住宅再建費用の支給が可能とされる住宅共済構想―。これまでにない災害時の自力再建支援の制度は、慎重だった国土庁が、住宅再建支援策の一つとして委員会で検討を始めるなど新たな動きが出てきた。しかし、大蔵省などは消極的。それを押しての実現への道のりはまだ険しそうだ。
 ▽強制加入で積立金確保
 もともと阪神大震災を教訓に、兵庫県が一九九五年十月に呼びかけた構想。住宅所有者に強制加入させ、災害で自宅を失った場合に再建費用の一部を支給する。
 県の案では(1)国が保険者として運営(2)市町村が掛け金を徴収(3)再建・補修費用のうち千七百万円を限度に全壊世帯には十割、半壊は五割、一部損壊には二割を支給―などとなっている。
 現状の地震保険は、加入率が低いため掛け金が高額で、損保会社の支払い能力を超える大災害が発生した場合は、保険金が減額される契約がほとんどだ。
 こうした欠点を補うため、強制加入を前提とした自動車損害賠償責任保険のような「住宅版自賠責保険」(兵庫県)とし、その場合の試算では、一戸当たり月千円程度の掛け金で、百年後には約五十兆円の積立金ができる。県幹部は「阪神大震災級の災害が十年に一度起きても対応可能で、民間の地震保険の土台となる制度にしたい」という。
 国会議員の間でも、共済による住宅再建制度を支持する動きが広がっている。超党派の国会議員約百五十人でつくる「自然災害から国民を守る国会議員の会」会長の原田昇左右衆院議員(自民)は「今年は法制定に向け、具体的な行動を起こしたい」と独自案づくりに意欲をみせる。
 国土庁は「強制加入の是非など課題は多い」と慎重だったが昨年二月、九八年施行の被災者生活再建支援法で「住宅再建支援の検討」が明記されたのを受け、学識者らによる委員会を設置、共済についても議論し八月に結論を出す予定だ。
 ▽大蔵省は消極論
 一方、大蔵省は、国民に加入を強制する前提として「だれもがリスクに遭遇する可能性」「国民負担が受忍できる範囲内」などを提示、共済には消極的。背景には、積立金を上回る大災害が発生した場合、共済への公的資金投入を余儀なくされ「国による私財補償につながりかねない」という懸念があるからだ。
 しかし貝原俊民・兵庫県知事は「確かに大きな問題だが、だからといって結論を出さないのは責任逃れだ」と批判。今後、連合や全労済などと協力し、運営資金確保や掛け金徴収、支給額算定の方法など具体案を提言する考えだ。
10. 阪神大震災の傷跡、5年かけて追う 映画監督の青池さん 01/06
朝日新聞ニュース速報:阪神大震災から復興する街をビデオで追ってきたドキュメンタリー監督の青池憲司さん(58)が、「記憶のための連作 野田北部・鷹取の人びと」を5年がかりで完結させた。全14巻。撮影したテープ延べ350時間以上を、14時間38分にまとめた。震災5周年にあたる17日に、全作が岩波映像から発売される。
 青池さんが追ったのは、神戸市長田区の野田北部地区で、その3割が全焼、7割が全半壊。41人の死者がでた。青池さんは千葉県在住だが、自作「ベンポスタ・子ども共和国」(1990年)の上映を通じて地元住民と知り合った縁で、震災直後に神戸に入った。 「映画人の復興協力は記録すること」と撮影を始めた。
 第1巻から5巻までは95年の記録。震災復興の動乱期。家屋の解体などを経て、更地になる光景が映し出される。6巻からは96年。区画整理をめぐり住民の議論が巻き起こる。98年の12巻あたりから、住民たちの主導でまちづくりがすすむ。
 青池さんは「等身大で議論する住民の姿に動かされた。『自分ひとりでは生きていけない』という当たり前のことを改めて実感した」と話す。地区内のカトリック鷹取教会には手作りの撮影基地がある。取り壊さずに残すことにした。青池さんの神戸との関係はこれからも続くからだ。
11. 阪神大震災復興支援の吹奏楽団、8日に演奏会 01/06
朝日新聞ニュース速報:阪神・淡路大震災の復興支援を合言葉に、200人を超す吹奏楽団「バンドエイド(Band Aid)」ができた。ステージ演奏としては最大規模。8日午前10時から東京都多摩市のパルテノン多摩で開く「阪神大震災復興支援チャリティーコンサート」は特大のハーモニーに包まれそうだ。
 バンド結成は、多摩地区の高校吹奏楽部員や先生らが呼びかけた。年末に八王子市であった練習には、都内のほか埼玉、千葉などから218人が集まった。半数は中学生だが、小学3年生から40代と幅広い。母子での参加もある。
 大阪府立淀川工業高校の丸谷明夫先生の指揮で「K点を越えて」や俳優加山雄三さんの「弾厚作作品集」を演奏する。初練習で丸谷先生は「色んな音があっていいね」と沸かせた。
 入場料(一般1500円、学生1300円)は全額、被災地での吹奏楽復興などに役立てる。問い合わせはバンドエイド実行委員会(電話070―6527―1264)へ。
12. 新築マンション移住民の約25%が二重ローン 01/05
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災で被災し神戸市内の新築マンションに移った住民の約25%が、被災住宅と新たに購入したマンションの二重ローンを抱え、商店の約9割が震災前より売り上げが下がっていることが5日、共産党神戸市議団のアンケートで分かった。同市議団は「震災から5年近くたつが、市民の生活再建が進まない厳しい現実が浮き彫りになった。調査結果を踏まえて市に訴えていきたい」としている。
 神戸市内の災害復興公営住宅と新築マンション、商店街の住民ら約3万世帯を対象に昨年11月、アンケート用紙を配り、1777世帯(5・9%)から回答があった。内訳は復興住宅1095世帯▽商店290世帯▽新築マンション98世帯▽新築住宅122世帯▽その他172世帯。
 復興住宅では、住民の約65%が震災前と異なる区に移転し、約43%が一人暮らしで、約半数が65歳以上のお年寄りだった。また、新築マンションに移った住民の約25%が平均2940万円、住宅を新築した約8%が平均3120万円の二重ローンを抱えていた。返済のめどが立たない人も約15%いた。
 商店主に対するアンケートでは、約91%が震災前より売り上げが下がったままで、1000万円以上の負債を抱えている人は約64%に上った。
13. 「取り残されている・・・」県外避難者に優先枠なく 01/04
共同通信ニュース速報:「またか」。被災後、岡山県山陽町の県営山陽団地に住む浜千加子さん(48)は一九九九年十二月下旬、神戸市から届いた「落選」のはがきにむなしさが募った。
原因は、県外避難者が抽選の優先枠から外れていることにある。「家を失って避難したのは仮設の被災者と同じなのに。取り残されている…」
 借地の自宅は倒壊しなかったが、家財道具を取り出す間もなく焼失。翌月には、知人に勧められるままに夫(59)と山陽団地に移った。年収約三百万円。借地権を売った金も生活費に消え、「住み慣れた町に戻るには公営住宅しか道がない」と訴える。
 約四十年間日吉町に住んでいた年金暮らしの七十代夫婦がいる。避難していた仮設住宅の知人が突然死。「こんなところで死にたくない」と、町づくりの進展を待てず所有地を市に売り、兵庫県明石市内に自宅を買って仮設から脱出した。
 だが、自宅購入で地元の公営住宅に戻る道が途絶えた。「仮設で粘っていたら戻れたかもしれないが、その時は必死だった」
 夫婦とも足腰が弱り、階段が急な今の家にも長く住めない。「震災では助かったけど、生きててよかったと素直に喜べない」とつぶやいた。
14. 「亡き妻のために」いち早く自宅再建の遺族 01/04
共同通信ニュース速報:「天国の妻を安心させるために、この地を足場にして前に進みたかった」。桑野照次さん(79)は、この五年、倒壊した家屋に挟まれたまま猛火に包まれ亡くなった妻を思いながら、一刻も早い再建に奔走した。
 震災二カ月後、焼け跡の土地に小さなプレハブを建てた。周辺は焦げたがれきだらけ。遮る建物がないため、遠くに倒壊した阪神高速道路が見通せた。「プレハブは目印のない町で待ち合わせ場所や集会所としても使われた」という。
 仮換地が決まると、すぐに自宅を建て始め、一九九七年六月に長男家族と入居。「戻りたいという強い願いと、妻の節約で蓄えた資金があったから再建できた」。今も毎朝五時四十六分に仏壇に手を合わせている。
 地元に戻った再建組の多くは重いローンを背負った。自営業山根成生さん(38)は震災前の自宅、震災直後のプレハブ住宅、再建した自宅の三重ローンを抱える。計約三千五百万円。返済は七十歳まで続く。「やっていくしかない。いつまでも震災のせいにできない」ときっぱり。
15. 97%が全焼全壊の町で 仮換地が初めて終了 01/04
共同通信ニュース速報:神戸市長田区日吉町五、六丁目を含む鷹取東第一地区(約九百世帯)は一九九五年一月十七日に起きた大震災で全建物の九七%に当たる五百三十四棟が全焼全壊した。
 再建への動きは、神戸市による土地区画整理事業の一方的通告からスタートした。被災住民には寝耳に水。土地の供出を義務づける内容に猛反対が巻き起こった。
 住民は「鷹取東復興まちづくり協議会」を結成、対市交渉や住民協議を重ねた。「住民無視の行政に妥協できない」「一日も早く元の町に」―相反する思いをオープンな話し合いでぶつけ合い、「市と条件闘争をするしかない」との方針にまとめた。
 九五年十一月、土地の供出割合を軽減するなどの条件を列記した確認書を市と交わした上で、他の被災地に先駆けて区画整理の事業計画を決定。その後も被災地で最も早いペースで事業を進め、九六年八月には本格的な住宅再建が可能になる仮換地が始まり、九九年十二月に終了した。
 木造住宅がひしめく典型的な下町は今、色鮮やかな三階建ての新築住宅やマンションが並ぶ新しい町並みに。「亡き妻のために」とすぐにプレハブを建て地元に戻った遺族や、週末ごとの会議を積み重ねて共同住宅を建設した狭小地主など、再建の軌跡はさまざまだ。  一方で、遠くに避難したまま「戻りたいけど戻れない」と訴える人も大勢いる。再建のための二重、三重ローンもまれでない。  
16. 阪神大震災の教訓をHPに 国土庁 01/04
読売新聞ニュース速報:国土庁は、阪神大震災での諸課題を1200項目に整理、4月からIネットのHPで公開する。
 地震発生からの経過順に4つに大別。「通信途絶」「ボランティア」などでの教訓を共有しあう。
17. 「震災モニュメントめぐり」を出版 01/04
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災から間もなく丸5年。被災地に建てられた120の慰霊碑などを紹介した「忘れない1・17 震災モニュメントめぐり」を、毎日新聞震災取材班と震災モニュメントマップ作成委員会が出版し、4日、主な書店に並び始めた。
 すべてのモニュメントの所在地を詳細な地図で示すとともに、モニュメントを建てた人たちの思いや碑文に込めた意味などを伝えている。巻末には沿線ガイドや索引、モニュメントを訪ねる代表的なコースの紹介なども。震災を伝える物語でもあり、ガイドブックでもある。
 A5判、240ページ、1500円(税込み)。問い合わせは葉文館出版(06・6634・5548)。 
18. 草地賢一さん58歳(阪神大震災NGO連絡会議代表)死去 01/03
毎日新聞ニュース速報:草地賢一さん58歳(くさち・けんいち=兵庫県立姫路工業大教授、国際ボランティア論専攻、阪神大震災地元NGO救援連絡会議代表)2日午後4時3分、急性腸炎のため神戸市中央区の病院で死去。葬儀は4日午後1時、同市中央区上筒井通5の2の12の日本キリスト教団神戸東部教会で。自宅は同市北区甲栄台1の4の15。喪主は妻とし子(としこ)さん。
 1995年1月の阪神大震災で、ボランティア団体のコーディネートなどに奔走。同年3月、コペンハーゲンであった国連の社会開発サミットで「神戸からの緊急アピール」を発表したほか、昨年1月、神戸市であった第1回APRO(アジア太平洋緊急救援機構)神戸会議で座長を務めた。
 アジア・南太平洋地域の人材育成を担うNGO「PHD協会」の実務責任者にあたる総主事(84〜97年)を務め、同協会は91年、第3回毎日国際交流賞を受賞した。 パプアニューギニア地震(98年7月)や南米コロンビア地震(99年1月)の被災地などでも小学校の再建などに携わった。
19. 阪神大震災の県外被災者、「戻りたいが戻れない」が5割 12/31
朝日新聞ニュース速報:阪神大震災で元の居住地から避難したままの被災者の半数近くが「戻りたいが、戻れない」として、避難先での暮らしをやむなく選んでいることが30日、ボランティア団体と神戸大による500人を超える広域避難調査でわかった。避難者には高齢者が多く、経済的な理由などから自力で住宅の確保が難しい現状が浮き彫りになっている。県外被災者を対象にした本格的な調査は初めて。
 兵庫県外に避難した人は震災直後、10万人以上ともいわれた。同県は現在の県外被災者を約5万5000人と推定するが、住民票を移さない人も多く、実数は不明のままだ。
 調査は、街づくり支援協会(事務局・大阪市)と塩崎賢明・神戸大教授の研究室が実施。同協会の一時避難者名簿に掲載されている約2000人(主に60代以上)に質問用紙を送り、現時点で回答のあった527人分を中間集計した。
 現在住んでいる場所は、「県外」60.7%、「県内で震災前と違う市町」14%で、今も元の市町に戻っていない人は7割を超えた。このうち、「戻りたいが、戻れない」と答えたのは47.5%にのぼり、「戻るめどがついている」は3.5%だった。戻れない理由としては、復興住宅や民間住宅が見つからないという住宅問題が目立った。
 避難当初は一時的か数年で戻るつもりだった人が63.4%を占めており、復興住宅に落選したりして避難先にとどまっている人が多いことがうかがえた。また、主な所得として年金を挙げた人は60.2%、震災後に仕事を辞めた人が22.4%で、経済的に不安定な現状が浮かび上がった。一方で、避難生活の頼りに「行政」を挙げたのは4.7%だけだった。
 支援協会の小森星児会長は「行政の震災検証のテーマに『広域避難』がないことに不満を感じる。震災から5年がたつが、生活再建の支援はまだまだ必要だ」と指摘する。
20. 関西で3世代海外旅行人気に 震災できずな強まる? 12/29
共同通信ニュース速報:阪神大震災以降、関西で夫婦子供と祖父母の家族三世代が一緒に出掛ける海外旅行が増えている。被災を通して家族の大切さを再認識した人が増えたことなどが背景にありそうだ。
 JTB関西営業本部(大阪市)の調査によると、一九九五年一月の震災後に同本部が取り扱った家族の海外旅行のうち、三世代組の割合は、九七年度が七・八%。九八年度は八・五%、九九年度上半期は九・○%と上昇した。九六年度までは五%前後だった。
 三世代組の数も九七年度は前年度比六%、九八年度は一○%それぞれ増加。九九年度も一二%伸びる見込みで、着実に増えている。
 旅行の申込時に「被災で、家族を突然失うことがあることを実感した。一緒に行けるうちに旅行したい」などと話す人も多く、JTBは「震災をきっかけに家族の大切さが見直された結果ではないか」(営業担当)とみている。
 もっとも、祖父母が旅費を負担するケースも目立ち、「不景気で親のすねをかじらざるを得ない面もある」(同)と指摘、収入の減少や伸び悩みも一因になっている可能性がある。
 旅行先で人気なのはグアムやハワイ。ホテルでは若い世帯と祖父母で寝室が別になった大型の部屋が人気で、現地でも買い物やゴルフなど別々に行動する家族が多いのが特徴という。       
21. 火事で母子3人死亡 震災で入居の高層住宅 12/28
共同通信ニュース速報:二十八日午前七時十分ごろ、兵庫県西宮市高畑町二番、県営西宮北口高層住宅二号棟十三階の会社員長山勝利さん(34)方から出火。隣家の住人がベランダ越しに窓ガラスを破り、消火器で消し止めたが、ベランダ側の六畳和室約十平方メートルを焼き、焼け跡から三人の遺体が見つかった。
 西宮署と西宮市消防局の調べでは、長山さん方は四人家族。遺体は、長山さんの妻富士子さん(31)、長女麻瞳嘉さん(10)、二女希ちゃん(5つ)の三人で、和室の布団に入って死亡していたという。長山さんは二十七日夜から、仕事で愛知県へ出掛けており留守だった。
 長山さん方は同市内で阪神大震災に遭い、一九九七年からこの住宅に入居していた。
 住宅は十四階建て。同署が出火原因と死因を調べている。
 隣家の女性(52)は「上の子は活発で元気な子。下の子はおとなしい子だった。こんなことになるなんて」と話していた。
 現場は、阪急西宮スタジアムの南側で、高層住宅が立ち並ぶ一角。
22. 仮設住宅での孤独死235人、男性壮年層に多く 12/27
毎日新聞ニュース速報:兵庫県西宮市は27日、同市内にある阪神大震災の被災者用仮設住宅の最後の入居者が同市営住宅に転居し、入居者がゼロになったと発表した。残る仮設住宅の入居者は明石市の1世帯のみだが、転居は年明けになる可能性もあるという。一方、この5年間に兵庫県と大阪府の仮設住宅で、だれにもみとられずに亡くなったいわゆる「孤独死」は、兵庫県警などのまとめで235人に上る。50歳代以下では男性の孤独死が女性の4倍と目立ち、高齢者だけでなく、男性壮年層に対する支援体制の必要性を浮き彫りにした。
 西宮市内の仮設住宅設置戸数は4901戸、ピーク時入居者4895世帯と神戸市に次ぐ規模だった。最後の一人は、同市内で被災した一人暮らしの50歳代の男性。96年11月に入居、今月24日に同市に返還届を提出し、市営住宅のカギを受け取った後、この日までに転居したという。
 一方、孤独死の最初の発見は95年3月9日(63歳男性)で、最後は今年5月5日(77歳女性)。男性163人、女性72人で、自殺者は21人、ふろ場などでの事故死は8人となっている。
 地域別にみると、神戸市168人▽兵庫県西宮市27人▽尼崎市15人▽芦屋市6人▽加古川市7人▽伊丹市4人▽明石市2人▽三木市、高砂市、姫路市、大阪府豊中市、泉佐野市、淡路島=各1人。年別では、95年=47人▽96年=73人▽97年=70人▽98年=39人▽99年=6人――だった。
 60歳代以上の死者は、95年に62%、96年に71%を占めたが、97年には59%と低下。逆にこの年には40歳代、50歳代の壮年層が増えて40%となった。98年には復興公営住宅への移転が本格化し、再び60歳代以上の割合が増加した。50歳代以下の性別では、男性が68人で女性17人の4倍となった。
23. <阪神大震災>被害最新集計 12/27
毎日新聞ニュース速報:自治省消防庁は27日、阪神大震災の被害状況の最新集計を発表した。死者数6430人、行方不明者3人は、前々回発表(1997年12月24日)から変化はないものの、重傷者が11人、家屋被害が23棟増えるなど、震災丸5年を前にしても、被害状況はいまだに確定していない。
 増えた重傷者は兵庫県尼崎市5人、三木市2人、高砂市4人で、災害援護金の支給認定に伴って判明し、総計で8783人となった。軽傷者は3万5010人のままだった。
 家屋被害は全壊が宝塚市などで6棟(11世帯)増の10万4906棟(18万1799世帯)、半壊が大阪市、宝塚市などで17棟(49世帯)増の14万4272棟(27万6166世帯)。災害援護金の支給認定や被災者自立支援金の申請に伴う被害申告などで増えた。
 大阪府内の自治体は、大阪市を除いて人的・家屋被害とも確定しているが、兵庫県内の自治体は確定を出しておらず、同県は「死者数についても、数字が動く可能性がある」としている。
24. 被災地の仮設1世帯に 西宮市もゼロ 大震災5年 12/27
共同通信ニュース速報:兵庫県西宮市は二十七日、阪神大震災の被災者向け仮設住宅に入居していた最後の一世帯が市営住宅に転居した、と発表した。
 被災地の仮設住宅は、既に神戸市でも退去が終わっており、残る入居者は同県明石市の一世帯だけとなった。
 記者会見した西宮市の馬場順三市長は「今後は復興住宅などを中心に、新しい自治組織の育成を支援していきたい」と話した。同市は来年三月までにすべての仮設住宅の撤去を終える方針。
 西宮市では公園やグラウンドなど百十二カ所に約四千九百戸の仮設住宅が建設され、一九九五年十月のピーク時には四千八百九十五世帯が入居していた。
 その後、自宅を再建したり、公営住宅へ移るなどし、入居者は減少。今年十月には受け皿となる最後の公営住宅が完成していた。 
25. <神戸の壁>永久保存の移設で淡路島に姿現す 12/27
毎日新聞ニュース速報:戦災と阪神大震災を乗り越えた神戸市長田区の「神戸の壁」が27日、移設された兵庫県津名町(淡路島)のしづかホールわきの野外ステージで、元の姿を現した。震災後 、地区の再開発事業のため解体される運命だったが、同町からの申し出で永久保存が決まり、11月から復元工事が続いていた。今後、植樹などをして工事を終える。
 神戸の壁は高さ7・3メートル、幅13・5メートル、厚さ23〜49センチ。1927年、公設市場の防火壁として設置された。津名町と、長田区民らが結成した保存実行委員会は来月16日、壁の新たなる出発の集いを開き、完成を祝う。
26. ルミナリエに515万人 12/27
共同通信ニュース速報:神戸ルミナリエ実行委員会は二十七日、阪神大震災の犠牲者の鎮魂と復興を祈り、神戸市中央区で十三日から二十六日まで催された光の芸術「神戸ルミナリエ」の来場者を、延べ五百十五万七千五百七十三人と発表した。
 五回目の今年は、開催期間が一日長かった前年より六千百四十三人少なかったが、一日平均では三十六万八千三百九十八人と、前年を二万四千百五十人上回った。
 実行委員会が十四歳以上の来場者五百三十人を対象に実施した調査でも、九七%が来年以降も継続を希望。同委員会は「ルミナリエは神戸の冬の風物詩として定着しつつある」としている。
27. <共同生活>阪神大震災の仮設住宅で親しくなったお年寄り4人 12/26
毎日新聞ニュース速報:阪神大震災の仮設住宅できずなを深めたお年寄り4人が、常駐する支援者からケアを受けながら一緒に暮らす、全国でも珍しいNPO(非営利団体)運営のグループハウスが、神戸市東灘区魚崎北町の集合住宅「ココライフ魚崎」に完成した。入居者や建築家ら約50人が26日、現地で記念パーティーを開き、仮設で培った共同体を生かす“終(つい)の住まい”完成の喜びを分かち合った。
 入居するのは、同区の地域型仮設住宅に暮らした鎔(いがた)義一さん(92)ら80〜90歳代のお年寄り。震災で家をなくし、病弱なこともあって特別養護老人ホーム入所を望んだが、1年以上の待機を余儀なくされるため、「仲間と余生を」と願うようになった。
 仮設住宅で約4年間、鎔さんらのケアを続けてきた生活支援員、桑原美千子さん(49)のほか、同区で災害復興公営住宅の自治会作りなどを手助けするコミュニティサポートセンター(CS)神戸の中村順子代表や、被災地で数多くの集合住宅再建を手掛ける建築家の野崎隆一さん、瑠美さん夫妻が協力。神戸市などの建設費補助を受けグループハウスが実現した。
 ココライフ魚崎は鉄筋4階建て。1階の4人の部屋(各約10平方メートル)と、台所を備えた交流スペース、共同浴室などを、桑原さんらが今月1日に結成したNPO「てみずの会」と「CS神戸」が買い取って運営する。同会のスタッフが交代で24時間、入居者の生活支援に当たるほか、交流スペースは地域に開放し、食事会や文化教室なども開く。
 2〜4階部分は7戸のコレクティブハウジング(共同居住型集合住宅)で、定期借地権付きマンションとして分譲した。
 桑原さんは「住み慣れた街で仲間と一緒に暮らしたい、というお年寄りの熱意に後押しされるように、この日を迎えることができました。入居者に寄り添いながら、地域の方々にも開かれた場所となるよう一歩一歩進んでいきたい」と話していた。
28. 生きた「阪神」の教訓 神戸からトルコ、台湾へ 12/26
共同通信ニュース速報:一九九九年八月のトルコ北西部大地震、九月の台湾大地震では、世界各国から多くの人々が救援や復興支援に駆け付けた。日本からはトルコへ発生の翌日に派遣、台湾へは発生日の午後に政府の先遣隊や、国際緊急援助隊第一陣が入った。
 これまで金銭援助や調査専門家の派遣が中心だった災害救援は、阪神大震災後「実務者を早く現地に」という形に大きく変わった。
 被災地神戸から「阪神大震災の教訓を生かそう」を合言葉に、再び震災の地に向かった医療チーム、消防隊員、非政府組織(NGO)などの活動ぶりを追った。
 
 ▽無医村で三百人治療 
 神戸大病院は地震発生から一日後の九月二十二日、医師と看護婦計七人の医療チームが台湾に向かった。最も被害が大きかった台湾中部、南投県の無医村で救護所を開設。四日間で約三百人を治療した。  「阪神大震災では病院外への医師の派遣で立ち遅れた」と団長で救急部副部長の中山伸一さん(44)。金沢大病院チームが七人で神戸入りし千百人を治療したのに対し、神戸大病院は三百人を治療したのにとどまった。
 神戸大病院は震災後、災害・救急医学講座を開設。国内外の災害に医療チームを派遣する態勢を整え、今回初めての派遣だった。   チームはまた、建物の下敷きになり腎(じん)機能が低下する「挫滅症候群」(クラッシュシンドローム)の治療方法についても、神戸の治療例を説明しながら地元医師にアドバイスした。
 ▽援助隊副隊長
 「トルコに副隊長で行ってくれるか」。八月十七日夕、神戸市消防機動隊の岡田幸宏さん(35)は上司から国際緊急援助隊の派遣要請を受けた。二日後、援助隊第二陣二十人とともにトルのヤロバ市に入り、先遣隊二十人と合流した。
 岡田さんは最新の救助機器を使い、約二十カ所の倒壊現場で人命救助に当たった。生存が確認できなかった場合、すぐ隊員を撤収させ次の現場に移った。
 「お気の毒ですが、生存の見込みがありません」。遺族には正直に伝えた。神戸で求めのまま救助活動を続け、遺体で収容するケースが多かったからだ。
 大災害時、いかに効率よく生存者を発見、救出するかが、岡田さんの課題だった。「生存者をなるべく多く助けたい。これからも効率重視の救助方法を追求したい」
 ▽外国人に情報発信
 「多文化共生センター」(神戸市)は十月二日、台中市に事務所を開設し、台湾在住の外国人向けに震災関連の情報発信を始めた。 「神戸で外国人から寄せられた相談を参考にした」とセンター事務局長の中村満寿央さん(39)。
 台湾在住の外国人は約四十万人。タイ語など六言語で避難所や病院、ライフラインなどについて解説した情報紙を八回計三千部発行した。常時五人のスタッフが電話相談にも応じた。
 中村さんは「被災地では外国人が情報から隔絶される。今後の災害でも、多言語の情報提供に取り組んでいきたい」と話している。
 ▽トルコで仮設組み立て
 兵庫県職員の山本隆史さん(55)は十月十二日、日本が提供した仮設住宅の組み立て方を指導するため、震源地に近いアダパザルに向かった。
 山本さんは神戸で仮設建設を担当。戸数確保に苦労した経験から「余った仮設は保管しておくべきだ」と主張していた。それが役立つことになった。
 だが、現地では苦労の連続。トルコ側が作成した団地の設計図が日本の仮設の大きさに合わず三回書き直した。土台のブロックが調達できず冷や汗をかいた。
 早朝から現場指導。「ぼくらがやれば一戸を二日で完成できるが、それでは意味がない」。五日間かけて手順を教えた。
 山本さんは「建てっぱなしではいけない。被災者の声に耳を傾けて」と念を押し帰国した。

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